さみしがりやの心理と特徴3つを大公開!あなたは大丈夫?

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さみしがりやの心理はどのようなものなのでしょうか?

 

私たちは、誰しも「さみしい」という感情を持っています。ただ、さみしいということ対してに「極端にダメ」な人もいます。

 

このような、さみしがりやの人を見かけると

 

  • 「めんどくさい」
  • 「対応に困る」
  • 「疲れる」

 

などのことを感じるのではないでしょうか。

 

実は、私も一人暮らしをし始めたときに、さみしくて枕を涙で濡らしたことがあります。

 

母がリュックに入れたおにぎりを食べながらそんなことを思っていたのを今でも思い出します。1人がこれほど寂しいとは思っていませんでした。

 

暮らし始めの部屋に何もなかったのが、余計に寂しくさせたように思います。ポツンとした感じが、なにもない「部屋の素朴感」によってふくらんだ感じです。

 

さみしがりやの人と付き合うのはあっちこっちにふり回されるため「重労働」のように感じるはずです。

 

そして、さみしがりやの人は何かに依存してしがみついていなければ生きていくことができないような振る舞いをします。

 

まるで、強風にあおられる中、「電柱」に必死にしがみつく人のように。

 

そこで、今回はさみしがりやの人の心理や特徴について詳しくご紹介していきたいと思います。

 

あなた自身の「さみしさの理解」にもつながることになるしょう。

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さみしがりやの心理にある3重性

実は、さみしがりやの心理には3つあります。

 

  • 物理的にひとりなとき
  • 誰かといても孤独なとき
  • この世では結局ひとりなとき

 

さみしいと言ったときには絶えずこの「3つ」がからまり合って襲ってくると言ってもいいでしょう。

 

この3つが、ある時、ある瞬間になると顔を出してくるのです。

 

1つ目は、人の輪からぬけて「ひとり」になったとき虚しくポツンとした時間が流れるときです。

 

たとえば、家族が旅行に行ったり、1人暮らしが始まったり、ペットが亡くなったりしたときです。

 

いつもであれば「そこにいるべきはずの存在」がいないときなどに感じます。

 

ご飯を1人で食べられない人もそうです。誰かといなかったらご飯を食べられないのです。

 

2つ目は、誰かといるんだけれども分かり合えないために寂しく感じるときです。

 

人の輪にいるのにもかからず孤独だから、「ひとり」であるということが余計に浮かび上がって寂しく感じるのです。

 

つまり、周りの人の関係によって、自分のピースに「孤独」であるという色がハッキリとつくのです。

 

3つ目は生きている限り、人は最初から最後までさみしい「ひとりぼっちな存在」なんだと感じるときです。

 

この世に「自分の寂しさ」を完全に解消することができるところはどこにも「ない」と感じたときです。

 

これまでのものよりもスケールが大きく、「絶対的なさみしさ」のことです。

 

私たちは、この「3重性」を生きていると言ってもよいでしょう。

 

このような「さみしさ」と向き合うことができるのかどうかは人によって異なります。

 

大丈夫な人もいる一方で、さみしがりやの人のように向き合うことができずに何かにしがみつきたくなる人もいます。

 

これは見た目とかでは判断できなくて、いかにも強そうな「筋骨隆々な人」であってもダメな人はダメです。

 

また、クリスマスなどのイベントに彼氏がいないような人を「さみしい人」とレッテルをはり、見下すかのようにかわいそうとか言ったりします。

 

さみしいということを「より一層重いもの」としている気がしています。

 

 icon-thumbs-up まとめ

・物理的にひとり => 物理的にも心理的にも孤独

 

・誰かといても孤独 => 物理的には孤独じゃないけど心理的に孤独

 

・絶対的な孤独 => 孤独感を消すことはできないと感じるとき

 

あまりに極端だと「嫌われる要因」となります。「嫌われる人の特徴3つ!あなたの心理も診断してみて?」では嫌われる人について詳しくつづっています。

 

では、さみしがりやの人にはどのような特徴があらわれてくるのか見ていくことにしましょう。

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さみしがりやの特徴3つ

さみしがりやの人は誰かと常につながっていたいと強く思っています。

 

このような心理がしっかりと3つの特徴にあらわれます。

 

  • 「友達が多い」
  • 「家に帰るとテレビ」
  • 「朝起きると携帯」

 

ひとつずつ詳しく見ていくことにしましょう。

 

友達が多い

さみしいということから、いろいろなところに顔を出します。

 

自分がいられる居場所をたくさん持っていることで、さみしいときの「保険」をかけているのです。

 

物理的に「ひとり」にならないためです。ひとりでいることは「恐怖」なのです。

 

顔が広く、たくさんの人から慕われて可愛がられるのではないでしょうか。

 

たくさんの人から囲われることによって寂しさを消しているのです。

 

ある時は、「浮気」に走ってしまうこともあるでしょう。

 

私はひとりなとき寂しさを紛らわせるためにチャットができるアプリを入れていたときがありますが、余計に寂しくなってきますw

 

たくさんの人がいればいいとか、たくさんの人と繋がれるとか「まやかし」に過ぎないと思いますw

 

誰か本当に信用できる人が身の回りに1人でもいれば、それはありがたいことだと思います。

 

1度、人間関係を見直してもいいかもしれません。「人間関係を断捨離してリセットを3分でしよう!」では人間関係の整理について詳しくご紹介しています。

 

家に帰るとテレビ

ひとりでいるのを紛らわせるために、家に帰宅するととりあえずテレビをつけます。

 

人の輪の中にいたのが、家にかえると「ひとりの時間」になります。

 

ひとりになったときの寂しさを紛らわせるために、帰るとまずは「テレビ」をつけるのです。

 

意識はしていませんが、無意識になんとなく身体がこのような行動をとるはずです。

 

そして、「誰かの声」が聞こえていることが心地よく感じるのです。

 

ただ、私の家にはテレビがありませんがw

 

なぜかと言うと金欠のときに見ないから売ったんです。まぁでもそういうので出来たお金はソッコーでなくなるのがセオリーですw

 

朝起きると携帯

朝起きると、まず初めに携帯をチェックします。

 

誰かから「メール」や「SNS」の更新情報が届いていること自体を嬉しく感じるからです。

 

誰かと繋がっている、誰かに求められているという「安心感」があるからです。

 

たた、このような行動も何気なく無意識でやっているのです。

 

朝、起きたときだけでなく「移動中」に携帯を見たり、常に誰かとメールをしていないと安心できないのです。

 

何かにしがみつきたいという願望を「携帯」が満たしているということです。

 

さみしさとの付き合い方は「孤独が寂しい心理と辛いときの対処法3つを大公開!」で詳しくご紹介していますんで、参考にしてみてください。

 

 icon-thumbs-up Column

私も実は、「さみしがりや」でした。

 

上京して、一人暮らしをし始めたときに寂しくて泣きながら「おにぎり」を食べた記憶があります。

 

初日から枕を涙でぬらしていたわけです。(私だけかな?)

 

おにぎりは、実家を出るときに親が私のリュックの中に入れたものでした。さみしさの1つ目ですね。

 

ただ、それは1,2週間とかで慣れました。でも、今でも夜にめちゃめちゃ「孤独感」に襲われることがあります。

 

こんなときは早く眠りにつきたいと思うのですが、こんな日に限って「寝付き」が悪かったりします。

 

時間が過ぎるのがとても遅く、何者かが私の時間をひき伸ばしているようにさえ思いますw

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